熊本市内から1時間40分ほどで水俣に着きました。
胎児性水俣病の皆さんと初めてお会いした39年前の街は、私の思い出の中では、もう少し暗い色をしいていたように思います。
「若い患者の会」の皆さんも一生懸命に模索しながら、石川さゆりのコンサートを自分たちの力で実現させようと、ポスターを貼ったり宣伝をして私を呼んで下さいました。
月日というのは穏やかに、優しく時に残酷に流れるのだなと思います。
39年の間にも何度か皆さんとはお会いしていましたが、今回は還暦を迎えた皆さんが、青春のあの熱い日をもう一度思い返し、これから過ごす日への糧に石川さゆりの歌を聞きたいと言って下さいました。
皆さんの会も「若かった患者の会」に変わりました。
会場いっぱいのお客様を前に、代表が「大勢のみなさんの、お力をいただき、開催することができました」と一生懸命に挨拶をなさいました。
月日が経ったんだなと思いました。おこがましく失礼に聞こえたらいけませんが、あの若かった時は必死に自分の自立をおっしゃっていたのが、皆さんへの感謝の言葉に変わっていました。還暦を迎えた皆さんが、とても堂々として立派に見えました。
今回の一日限りのプログラムを組み、音楽仲間とはお客様の開場ギリギリまでリハーサルをし、ステージをお届けしました。私の音楽仲間にも感謝します。
とても嬉しいステージになりました。歌の一曲ずつに大きな拍手を頂き、「若かった患者の会」の皆さんもお顔をくしゃくしゃにして、動きにくい手を「恋しゅうて」では一生懸命に動かし楽しんで下さいました。
私も皆さんにサプライズのプレゼントをお持ちしました。
マーリンズのイチロー選手に、先日皆さんへのプレゼントのお話をしたら、「野球のバットを届けて下さい」と、このオフに帰国してバッティングトレーニングに使っていたバットを届けて下さいました。
イチローさんの黒いバットがボールを捕らえるポイントの一点が、見事に白くなるほど正確に打ち込んだ証のバットです。
今年のシーズンもこうしてオープニングゲームに向かいます。というメッセージだと思いました。
皆さんもこれからいろいろな日があると思います。でも、どうぞ心元気に65、70・・・と歳を重ねて下さい。
教科書で水俣病は知っていると思います。でも教科書の数行では語れない長い時を皆さんは懸命に過ごしていらっしゃいます。どうぞ過去の出来事ではなく、皆さんの事を忘れずにいて下さい。
患者の皆さんの良き日がありますよう願います。
嬉しさと、決して忘れてはいけない日本の出来事を思う今日でした。
感謝
石川さゆり